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甲子園が割れた日-松井秀喜5連続敬遠の真実(中村計)を読みました!

甲子園が割れた日―松井秀喜5連続敬遠の真実 (新潮文庫)甲子園が割れた日―松井秀喜5連続敬遠の真実 (新潮文庫)
(2010/07/28)
中村 計

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サッカーW杯でウルグアイ代表のスアレスがボールを手で止めて話題になり、僕もスポーツにおいて「結果がすべて」と「勝てば何をしてもいいのか?」という事をすごく考えさせられました。
今でもそれはどっちが正しいのかわかっていません・・・

1992年夏の甲子園、星稜VS明徳義塾。
20年近く経ったこの試合は、それらを考える上で今でも最大の事件として評価が分かれています。
日本代表が守備的すぎるなんて言う方々には特に読んで欲しい本です。




経緯

まず、その時の映像を。



すでに怪物とされていた星稜高校時代の松井に対し、明徳義塾の監督である馬淵監督の指示でピッチャー河野はすべての打席で敬遠を選択しました。
特に7回の打席は2アウトランナーなしからの敬遠で、もしホームランを打たれたとしても同点の場面での敬遠には誰もが目を疑い、9回の敬遠時はスタンドからメガホンが投げ込まれ、スタジアム全体から「帰れ!!」コールが巻き起こる事態に。
結果として、その作戦は成功し明徳義塾が3対2で勝利。
ただ、その作戦に対し日本全国から大批判が巻き起こり、勝った明徳義塾は高校野球史上最大の悪者となってしまいました。

それぞれの思い


僕も薄っすらとしか覚えていませんが、少なくとも今の同じ事が起きたら感情に任せて「勝負しろや!!!」って間違いなく思うと思います。

ただ、この本は松井本人はもちろん、明徳義塾の馬淵監督、星稜高校の山下監督、敬遠を実行した河野投手、松井の後の5番を打った月岩、その試合のアナウンサーや解説、その他両高校の当時の部員など、あの試合に関係した多くの人のインタビューが基になって書かれています。

彼ら1人1人の話を聞けば、それぞれに多くの思いや背景があって、誰もがただ単に明徳義塾を悪と言えなくなると思います。
実際に松井が敬遠なんて日常茶飯事であり、別の大会では帝京高校が全打席敬遠をしていた事実もあり、明徳義塾はあの甲子園という場所でやったという事で悪者になってしまっただけの話です。
松井の敬遠はルール上はまったく問題ない作戦だし、ただで1人ランナーが出るわけでそれでもチームとして負けてしまった事は、チーム対チームで見ればやっぱり星稜の力がなかったと言えるかもしれません。

最大の被害者

この試合もしくは試合後に一番辛い思いをしたのは、松井本人でもなく、馬淵監督でも河野投手でもなく、松井の後を打った5番月岩だと僕は思いました。
馬淵監督はあの作戦は間違っていないと信念を貫いていますし、河野投手もその馬淵監督の作戦を疑わず、勝つためにただ純粋に実行しただけです。

前の松井がすべて敬遠され、その後ことごとく打てなかった、そして9回は松井敬遠後に最終バッターになってしまった月岩。
メガホンが投げ込まれ、帰れコールが響く中、月岩自身は試合が中断している事すら理解できてないぐらいに追い込まれ、頭は真っ白状態だったそうです。
プロ野球選手ならば「このヤロウ!」っとなるでしょうけど、高校生にあの場面で自分の力を出せというのはいかにも酷な話。
自分が打って勝っていれば・・・という思いは、きっと僕らでは計り知れないほどの後悔じゃないでしょうか。

ジャーナリストとは?

この本は長い取材とジャーナリストとしての信念を感じた素晴らしい本でした。
最近、ジャーナリストやマスコミなどに多くの疑問が残る中、アマチュアでは出来ない、これぞプロが書いた本だと僕は思います。
この本が発売され、裏側を多くの人に知ってもらう事が、この試合で辛い思いをしたたくさんの人の救いになったのではないかと思います。

薄っぺらい表面上の報道で、視聴者や読者を振り回すテレビやジャーナリストが多いわけですが、信念のあるジャーナリストがまだまだいる事に少し安心しましたね。

最後に松井とピッチャーだった河野がその後番組で再開している動画があるので、それをつけておきます。



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この記事へのコメント

walkley3717 : 2011/12/01 (木) 21:24:32

私も読みました。

月岩さん。
地元の能登では敵なしだった。
私らが子供のころは、藤井さん(捕手として中日ドラゴンズに入団後、引退)と、どっちが野球がうまいのか?
と見に行ったものです。

以前、藤井さんに聞くと、
「松井くんと戦ったのは誇り。県大会決勝で
俺は敬遠しろっていう監督のサインを無視したけどね。それで、ホームラン喰らって、ぼろくそに怒られた。」

今は、月岩さんは居酒屋で笑って生きている。
「いい思い出。それだけ。」

月日が流れたのかもしれないですね。
帰郷したら、また月岩さんに会いに行こうっと。

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