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NAKATA―中田英寿イタリア戦記を読みました!!

NAKATA―中田英寿イタリア戦記NAKATA―中田英寿イタリア戦記
(2001/09)
ステーファノ ボルドリーニ

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ボルドリーニ,ステーファノ

1959年ローマ生まれ。イタリア最大の発行部数を誇る日刊紙『コリエーレ・デッラ・セーラ』の元ASローマ担当記者。ローマ在住のジャーナリスト。20 年近いスポーツ記者歴を持ち、以前には『ローマの名の下に In nome della Roma』と題された、ASローマに関する小事典を出版しているほどのローマ通でもある



かなり古い本で2001年に出版された本です。
ちょこっとブックオフに寄ったらおもしろそうだったので買ってみました。

若い人には職業旅人かもしれない中田さんですが、僕ら中田世代からすると英雄ですからね!

なんで面白そうって思ったかと言うと、上に書いた通り著者がローマのイタリア人ジャーナリストだからです。
日本のジャーナリストでは絶対に書けないイタリアからの目線。
イタリアに渡るところから、ペルージャとローマ時代の途中までが描かれています。
そして、膨大な量の記事、インタビューから本当に細かく書かれており、本当に素晴らしい本でした。

最近の日本のジャーナリストは、自分のウンチク語ったり、選手のコメントを勝手に解釈してみたり、ペラペラな情報から記事を書く人が多いですが、この著者の情報量はハンパないですよ。
中田本人のコメントはもちろん、他の選手(超有名選手がたくさん)、監督、ファン、記者、もう数え切れない人のコメントが載っていて、イタリアにおける中田の評価や見方などがよくわかりました。





イタリア人はカズさんの失敗から島国のスターが成功するとは誰も思っていなかったようです。
そして、何より中田の周りにあるビジネス目的と言われていました。

ただ、そんな低い評価から、結果的にはイタリアの英雄であるトッティとポジションを争う事になるんだからすごい。
Jリーグの象徴はカズさんですが、海外移籍の道筋を作ったのは野球では野茂であり、サッカーでは中田である事は間違いないです。

イタリア人からの視線なので、中田本人以外にも、それに群がる日本のマスコミやわざわざ日本からイタリアまで試合を見に来てお金を落としてくれるサポーター達も注目されています。

それにしても日本のマスコミってのはほんと恥ずかしいよな・・・

①成功したペルージャ時代

結果的に一番輝いていた時代になっちゃうんですかね。。。
当時はヨーロッパでもセリエAが一番だった時代。
誰も成功すると思っていない評価を、初戦の1試合で覆しました。

ペルージャはセリエBから上がったばかりの弱小チームだったわけですが、その選択はよかったですね。
移籍する際にかなりゴタゴタしたようで、ちゃんと契約が結ばれたのはシーズン直前だったとか。
そして、初戦で王者ユベントス相手に決めた衝撃の2ゴール。

いや~あれはすごかったな・・・

それから約1年半ペルージャに在籍していたわけですが、ペルージャでは本当に文句がないぐらい素晴らしい活躍でした。
日本ではまー大騒ぎだったわけですけど、それはイタリアでも同じで1人の日本人の活躍は大きく取り上げられていたようです。
それに加えて、ペルージャというまったく無名で静かな街が日本で一番有名な街に変わり、そこに来る観光客やユニフォームなどのグッズ売上などでチームだけでなく、街全体が潤った事が強調されています。

ともかく中田はペルージャで愛され、1年半しかいなかったのに移籍以降も英雄として扱われる存在になりました。

②苦悩するローマ時代

本人の意思とは違う、ビジネスとして移籍させられたローマ。
ACミランとローマの争奪戦があったのですが、本人はミランに行きたかったのに、ペルージャの王様ガウチ会長が強引にローマに移籍させました。
これがミランだったら、この後がかなり違ったかもな~

当時ローマの監督はカペッロ。
さらに中田と同じポジションにはトッティがいて、僕の記憶だとこの時も「トッティがいるローマに行くわけない」みたいな事を言っていたような気がします。

現代サッカーならばこんな事言ってられないと思いますが、中田はトップ下でしか生きない存在。
カペッロはトッティと中田を両方使えるように中田をセンターハーフにコンバートさせようとしますがうまくいかず、次第に中田の出番はなくなってしまいます。

それにしても、あの時のトッティとポジションを争える立場にいるだけですごいよな。。。

ここら辺になってくると中田の厳しい状況と移籍の可能性ばかりの内容になってきます。
それでもローマ移籍を「後悔していない」と言い切り、ほとんどしゃべらず、遊びにも出かけず、私生活は秘密めいており、ただ監督の言われた事を真摯に行う中田を悪く言う人はいなかったそうです。

そして、あとがきにある伝説のユベントス戦。
スクデット争いの天王山で、0対2とリードされトッティの代わりに入った中田。

20~30mの距離からミドルシュートで1得点。
さらに終了間際に中田のシュートをGKがはじくだけのところに、モンテッラが詰めるだけの8割中田のゴールで同点。

2対2で終了し、この引き分けが事実上ローマのスクデットを決めました。
苦しいシーズンを送り、モチベーションが下がってもおかしくない状況で、本当に少ない時間で常に最高のプレーを見せられる中田にはファンや記者はもちろん、一番賞賛したのは選手や監督などのいわゆる「同業者」だったと書かれています。

やはり中田は本当のプロですね。
ミランやインテルやマンUなどからも移籍の誘いがあって、トッティがいないチームならどこでもレギュラーになれると言われていたわけで、10年経った今でもヨーロッパサッカーで最も成功した選手は中田である事は間違いないと思います。

ここまでしか本には書かれていません。
ただ、この後セリエAやプレミアにも移籍しますけど、一番輝いたのはペルージャとローマでの2つのユベントス戦だと思います。
その時期の事が細かく書かれている本なので、中田のヨーロッパ時代が詰まった本でした!!

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